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鳴門の渦潮は、大鳴門橋の真下で発生する。春と秋の大潮時に最大となり、直径20mにも達する渦潮は、世界一といわれている。1日のうちで潮流が最速となる時間帯に最も迫力ある渦潮ができる。しかし、潮の流れない時間帯には渦潮は発生せず、見ることはできない。
鳴門海峡
Photo TONY TANIUCHI Satoru Seki(P26) Text Nile’s NILE
徳島県、鳴門。古くからの四国の玄関口である。世界一の大きさともいわれる、大きな渦潮が発生する鳴門海峡には、大鳴門橋(おおなるときょう)が架けられ、神戸淡路鳴門自動車道で本州と結ばれている。
船で海峡を渡っていた時代にはこの鳴門海峡は通らず、潮の流れが穏やかな小鳴門(こなると)海峡を南下して、撫養(むや)港(現・岡崎海岸)へ上陸した。だから撫養には、四国にやってきた人も、阿波の名産である藍や葉たばこ、塩なども集まってきた。撫養港から延びる撫養街道を行けば、四国八十八カ所霊場の1番札所である霊山寺(りょうぜんじ)へとたどり着く。
人や物が渦潮のように激しく行き交った四国の玄関口を、新しくなったキャデラックCT6とともに旅した。
 徳島県鳴門―古くから、東から来る人にとって四国への玄関口である。現在、淡路島との間の鳴門海峡には、大鳴門橋が架けられ、1日約2万5000台ものクルマが行き交っている。その大鳴門橋の下には、渦潮が音を立てうごめいている。世界三大潮流の一つとされる鳴門の渦潮は、大きいもので直径20m、潮の流れは時速20㎞にもなり、世界一の大きさと速さを誇るという。これだけ大きくて速い渦潮が発生する秘密は、鳴門海峡独特の海底の地形と、潮流にある。そのメカニズムはこうだ。まず、太平洋側が満潮となり、紀伊水道から入ってきた海水は約6時間かけて淡路島を1周し鳴門海峡に流れ込む。
この時、淡路島の南岸ではすでに干潮になっており、今度は瀬戸内海に集まった多方向からの海水が水位の低い太平洋側へ出ようと、鳴門海峡に一気に押し寄せる。つまり、鳴門海峡を境目に海面に高低差が生じ、この落差が高速の潮流を生み出す。加えて鳴門海峡が約1・3㎞と狭いことと、海底がV字形に深く落ち込み、最深部は90mにも達するように起伏に富んでいるため、流れの速い潮が遅い潮にぶつかり、渦巻が発生するのだ。
 だから鳴門海峡の最も狭い場所に渦潮ができるのである。今は、大鳴門橋が架かっているから渦潮を真下に見ながら通れるが、船で渡っていた時代からここ鳴門は、四国の玄関口として機能していた。それは、なぜか。潮の流れが穏やかな小鳴門海峡を利用したからである。小鳴門海峡は、鳴門海峡の西側、島田(しまだ) 島や大毛(おおげ) 島と四国本土の間にあるため、運河のように流れは穏やか。多くの船は激流の鳴門海峡を通ることなく、小鳴門海峡を南下して撫養港を目指した。
16世紀から交通の要衝となっていたこの撫養港を機能的にしたのは、徳島藩の藩祖である蜂須賀家政(はちすかいえまさ)だ。家政は、阿波へ入国したばかりの1585(天正13)年に、淡路の福良(ふくら)から鳴門へ渡海する船頭10人を選んで渡海の役につかせ、1591(天正19)年には彼らの家を岡崎に移転。阿波の入り口である撫養に、“よき足"を確保したのである。明治に入り御番所が廃止された後も、そのほとんどは船問屋に所属し、渡海業に携わって、撫養港の発展を支え続けた。その後も、さまざまな海運業の汽船や西洋型帆船が入港し、盛況を呈した
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