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内海湾に鎮座する小島神社。地元では「小島さん」と呼ばれ慕われている。干潮の時にしか渡れないので、防波堤の近くにはいつでもお参りできるように“ 小さな小島さん” が祀られている。
人口1万人の国際交流都市
Photo Chiyoshi Sugawara Text Nile’s NILE
小島神社が鎮座する内海湾には、弥生時代から古代船が停泊し、ここで小舟に荷物を積み替えて、幡鉾(はたほこ)川をさかのぼり、一支国の王都、原の辻へ向かった。島内最長の幡鉾川の流域に広がる平野、深江田原(ふかえたばる)には、約2200年前から1650年前の間、一支国の拠点として栄えた環濠(周囲に堀をめぐらせた)集落があった。中国の歴史書『魏志倭人伝』に壱岐は一支国として登場し、唯一、国の位置と王都の場所が特定できている。さらに「壱岐島には 3千ばかりの家があるが、食するには足らず、南北に交易していた」とも記されており、小さい島ながら、この時代に1万もの人々が住んでいたことになる。
 その証拠に原の辻遺跡から発見された船着き場跡は、大陸の高度な土木技術を取り入れた立派なもので、日本最古の船着き場跡とされる。他にも、朝鮮半島で作られた土器、中国の貨幣、人の顔をした人面石、前漢時代のトンボ玉など国内外の多様な遺物が出土しており、国際的に人や物が交流していたことを裏付けている。また当時、島内には日本人だけでなく、朝鮮半島からの移住者もいた。日本でいち早く海外の情報を入手できた原の辻は、いってみれば国際交流都市の先駆けなのである。
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