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そして、海から人間がやってきて住むようになると、潟の一番奥の高台に村を作り、その周囲に水田を開いてゆく。こうしてとてつもなく長い時間をかけて、海辺には水田地帯が広がっていったのだ。つまり、古代の初期稲作農耕をめぐる原風景は、潟を中心に形成されていったということになる。
 霞ヶ浦周辺でも1万年以上前から、人間が生活していたという。この辺りでは、その証しにローム層から旧石器が出土したり、台地から低地へと傾斜する場所には貝塚が多く発見されている。また、6世紀初頭に霞ヶ浦北岸の谷津田では、すでに開墾が行われていたそうだ。そして、農耕が盛んになるにつれ、沿岸には大小の豪族があちこちに誕生し、数多くの古墳を残している。
常陸国一の宮 鹿島神宮 この社殿は、1619(元和5)年に江戸幕府2代将軍の徳川秀忠が寄進した極彩色の権現造り。かつては伊勢神宮のように20年ごとに遷宮が行われたが今は行われていない。
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