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千光寺山の中腹には、志賀直哉の旧居が残されている。三軒長屋の一角の質素な部屋で、日常の食事や洗濯は隣に住む老夫人に頼んで暮らしていたという。この部屋からの風景も、『暗夜行路』につづられている。

「景色はいいところだった。寝転んでいていろいろな物が見えた。前の島に造船所がある。そこで朝からカーンカーンと鉄槌を響かせている。同じ島の左手の山の中腹に石切り場があって、松林の中で石切人足が絶えず唄を歌いながら石を切り出している。その声は市のはるか高いところを通って直接彼のいるところに聞こえて来た。」(志賀直哉『暗夜行路』)

 尾道が志賀直哉をひきつけたのも、この街が瀬戸内海の街として、さまざまな時代を紡いできた歴史を持っているからだろう。文中の石切り場は跡しかないが、造船所は今も健在だ。この辺りは、第1次世界大戦中に因島が日本一の造船量を誇ったほど、造船業で栄えた地でもある。そこには遠く、村上海賊のDNAが息づいていたに違いない。
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