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常栄寺庭園
もとは応仁の乱で活躍した29代政弘の別邸。時代を経て名が妙喜寺( 政弘の母の菩提寺)、妙寿寺と変わり、明治に入り、毛利元就の嫡男・隆元の菩提寺となったことから法名を取って常栄寺となった。雪舟庭で知られる。
大内家、夢の後先
西の京の栄華
Photo Satoru Seki Text Junko Chiba
中世の山口の繁栄ぶりは「西の京」と呼ばれる。時の覇者は大内氏。幕府や朝廷と深く結びつき九州に及ぶ西国最大の権力を築き上げた。同時に、朝鮮・明との交易に乗り出して、商圏を拡大。山口に都と東アジアの文化が融合した華麗なる「大内文化」を開花させたのである。日本の歴史の中では、今や表舞台から姿を消した大内氏の足跡を訪ねて山口へ。さらに、その大内氏を倒して戦国の雄となった毛利氏を追って、海の恵みを受けて栄えた萩へと旅をした。
戦国時代の山口と聞くと、たいていの人は「毛利」を想起するだろう。それ以前の約200年にわたって中国・九州地方に君臨した大内氏のことは、意外と知られていない。一族が朝鮮は百済国(くだら)の渡来人だという伝承を持つことが戦時下の日本で憚(はばか)られたのか、危うく歴史のブラックホールに落ち込むところだった。
 どっこい、大内氏は今も山口に色濃い痕跡を残している。35年前に、大内文化探訪会が発足し、発掘調査が進められるなど、郷土の歴史を掘り起こす活動が活発化しており、山口市一帯の放つ熱量も少しずつ上がってきた感がある。これは行かない手はない。大内氏はいったいどんな一族だったのか。〝大内史〞を肌で感じる旅に出た。
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