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 その一番出汁は“煮物"などに使う二番出汁よりも“淡"でなければならない。カツオの脂を多く含む腹節を昆布と一緒にたっぷり煮込んだ二番出汁に対し、脂の少ない赤みの背節の削りたてを沸きたての昆布出汁に、ほんの数十秒、煮立てもせずに、ただ沈めて取る味。“淡"ゆえに“麗"。濃くすれば野暮に成り下がる。
 これは西洋人のおいしさの意識“豊(rich)"とは異なる。この感覚はアントランスレータブルだ。
 しかし、それでいいと思う。それでなければいけないとも思う。“麗"という繊細な味が存在する日本の美学は、言葉で説明し得るほど単純なものではないはずだ。
 日本料理を作るということは、日本の美学を学ぶことだと、お椀に向き合うたび、いつもそう思う。
 そういえば、これと同じような経験をしたことがある。
 フランスから帰国してすぐ、たいした語学力もないのに料理雑誌の翻訳をした。この時、言葉を訳す通訳よりも文字を翻訳するほうが数十倍も難しいと痛感した。
 面と向かっていれば感覚で伝えることができる事柄でも、文法をなぞり外国語に変換することは、その変換先が母国語の日本語であっても難しいものだ。
 よく、料理レシピを書いてほしいと依頼がある。そのたびに思うのだが、料理を文字と数字で表現するレシピを書くのはたやすい。しかし、そのレシピの奥にある、料理人の思いを文字で表現するのは難解である。
 つまり、ただ料理を作るのではなく、料理人がその料理に込めた思いが伝わるように繊細に料理してこそ、料理を表現することができたといえる。

元麻布「かんだ」
東京都港区元麻布3-6-34 カーム元麻布1F TEL03-5786-0150
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