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(左)創業90周年を記念したパーティーでは、ゴディバ伝統のクラフツマンシップを感じてもらおうと、ショコラティエによるデモンストレーションがあった。
(上)ブリュッセル、否、世界の“ショコラ銀座”グランサブロン広場の顔、グランサブロンブティック。店内ではショコラの量り売りもしている。
(下)ゴディバ元祖のトリュフを始め、百花繚乱の彩りを見せるカウンター。一粒一粒に込め
れた宇宙を感じさせるディスプレー。
前述した、ゴディバ始祖の遺志を継いだ夫人のガブリエル・ドラップスが他界したのが1937年。ショコラトリーは残された4人の子供たちにゆだねられた。彼ら4人にとっては時代的に最悪の巡り合わせであったと言って差し支えない。戦争の暗雲が欧州全域を覆う中、民間の工業生産計画は臨戦態勢を想定したベルギー国策の名のもとに軍需へと集約されていった。ドラップス兄弟たちの事業も例外ではなかった。不幸にもベルギー国土全体がナチスの軍政下に甘んじることになったものの、この巡り合わせを「雌伏の秋(とき)」と耐え忍んだ4兄弟は、結果として、凶を吉と変えるような革新性を戦後の欧州のショコラトリー界にもたらした。 新時代の到来と呼応して、不文律にがんじがらめになっていた職人世界の旧態―従来は門外不出とされていた徒弟制度の慣例を破り、自社の職人にのれん分けと技術の伝播(でんぱ)を奨励したのだ。大戦終結後の1945年、ドラップス兄弟は先代の遺志を継ぎ、 英傑ゴディバ伯爵夫人の名を冠したブランドに本舗を改名し、世界に羽ばたくことになった。今日、トリュフといえばガナッシュにカカオパウダーをまぶしたショコラが人口に膾炙(かいしゃ)した解釈だ。しかし元来は松露(しょうろ)と呼ばれるキノコを指していた。1946年に始祖4兄弟の次男ピエールがこのトリュフを世に送り出して以来、広辞苑、ラルースといった各国の権威的な辞典には、まずショコラとして記される概念となって現在に至る。
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