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食語の心 第48 回
作家 柏井壽
デジタルカメラ、スマートフォン付属のカメラの発達は目ざましい。とりわけその画質たるや、目を見張るものがある。カメラには必ずフィルムが必要だと、長く思い込んできた僕には、いまだに信じられないほどの急速なスピードで技術は進歩し、デジタルカメラができたころから比べればその差は歴然。画素数は飛躍的に伸び、それを記録するカードの容量も無限とも思われるほど。
 つまりは誰もが簡単に写真を撮り、それを保存して、口コミサイトやSNSに投稿する。
 こうして世の中には、さまざまな写真があふれかえることになる。
 中でも最も盛んなのはレストランの店内や料理の写真。
 ファミリーレストランやファストフード店の写真は、めったに見かけないが、行列のできる店や、予約の取りづらい人気レストランの写真は、山のように投稿されている。
 もっとも、超が付くような人気店だと店内の撮影禁止というところもあって、伏魔殿さながら、中の様子も料理も全くうかがい知れない。
 さて、その写真が何を語っているか。つぶさに見てみると、実に興味深い事実が浮かび上がってくる。
 まずは店内の写真。
 見るべきは清潔度。飛躍的に向上した画質は、厨房(ちゅうぼう)の汚れまでも、くっきりと写し出してくれる。 京都でも有数の人気店の主人を撮った写真が、SNSにアップされていた。投稿者の意図は間近に居る主人だったろうが、僕はその周囲に着目する。
 プラスチックのまな板は黄ばんでいて、包丁の横に無造作に置かれた布巾に至っては、髪の毛が絡まっている。今の写真はそこまで見えてしまう。
 レンジフードの油汚れ、乱雑につり下げられた鍋類、主人や若い衆の白衣の汚れ。簡単にアラが見つかる。
 こういう写真があれば、店に行かなくても選別できるのだから、ありがたいこととも言える。
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