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何人かの宿の主人に話を聞くと、どうやら人手不足が原因らしい。和食をきちんと極めようとする若手の料理人は、旅館に勤めることを嫌うのだという。
 裏方に徹しなければならないこと、休みも少なく、労働条件が過酷なことなどが、その理由だという。
 ここでもやはり、今の派手な割烹ブームが影響しているようだ。多少待遇が悪くても、有名割烹で修業すれば、そう遠くない時期に独立の道が開ける。そうして開いた店なら、自分の好きなように料理を作れる。うまく波に乗れば集客もさほど難しくない。
 いくら規模が小さくても旅館となれば、料理はチームプレーで作らなければならない。主人や女将(おかみ)の希望も取り入れて、限られた予算で献立を組み立てなければならない。苦情を言われることはあっても、客から料理をほめられることなど滅多にない。
 となれば、誰もわざわざ旅館に勤めて料理を作ろうとは思わない。ざっくりと言えば、旅館の主人たちの嘆きはそんなところだ。
 宿との信頼関係もしっかり築かれていて、存分に腕を発揮できる。そんな料理長がいる宿は数少ないのだ。
 それゆえかどうかは分からないが、日本料理以外の料理を前面に打ち出す宿もでてきた。
 たとえば富山県は春日温泉の「リバーリトリート雅樂倶」のように、先鋭的なフレンチで勝負する宿。
 富山市から南へ。飛騨国(ひだのくに)へ向かう道筋にあって、アートをちりばめたホテルとしても知られている。
 ここにはかつて、かの有名な「祇園 さゝ木」の分店のような和食処(どころ)があり、今もその流れを汲(く)む食事処の人気は続いている。
 そしてもう一カ所の食事処が先鋭的なフレンチを供するレストラン。
温泉宿だから、湯上がりに浴衣姿で食事できるのだが、その内容たるや、都会のフレンチと比べるのも失礼かと思うほどに上質な、エキサイティングな料理なのである。
 それはちょうど「あさば」の料理が京割烹や京料亭をも凌駕(りょうが)するのと同じく、三つ星フレンチに比べてまったく遜色がないのだ。
 浴衣がけだからということもあって、お箸も用意され、気楽に食事できるが、その内容は珠玉という言葉を使いたくなる料理。詳細はまた次の回に譲るとして、温泉フレンチという新たな試みは、旅に大きな変化、新鮮な感覚を与えてくれていることは間違いない。
かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
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