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弁慶橋から、東京ガーデンテラス紀尾井町を見上げる。堀の石垣と樹齢を重ねた木々が織りなす、歴史を感じさせる風景。その中に、新しいランドマークが溶け込む。
弁慶橋から紀尾井町へ
TOKYO GARDEN TERRACE KIOICHO

Photo Satoru Seki Text Izumi Shibata
何層にも重なる歴史を持つ街、紀尾井町。常に日本の中枢を担う人たちが集ってきた。そんな紀尾井町に誕生したランドマークと、腕を振るう3人の料理長を紹介する。
紀尾井町の名前は、かつてこの地に紀州徳川家、尾張徳川家、彦根藩井伊家それぞれの屋敷があったことに由来する。大名屋敷が軒を連ねる江戸城の外郭内でも、そうそうたる名門が集まる地域として特別な空気が流れていた。ーホテルで企画されるイベントプランです。

時代の移ろいと共に、歴史を継承
明治以降の紀尾井町は、宮家や高級官僚の大邸宅が並ぶ街へと変貌(へんぼう)する。現在でもその一端をうかがわせるのが、紀伊和歌山藩徳川家屋敷の跡地に昭和初期に建てられた美しいチューダー様式の洋館、赤坂プリンス クラッシクハウス(旧李王家東京邸)だ。現在は洋館のみが残るが、当時はほかに立派な庭園も備えた広大な邸宅であった。一方、井伊家の屋敷跡に建てられた伏見宮邸も洋館、日本家屋、日本庭園を擁する大邸宅。こうして紀尾井町に誕生した数々の邸宅では政財界の重鎮が会合を重ね、あるいは華やかな社交の場として国内外の人をもてなした。また贅(ぜい)を凝らした数寄屋建築も建てられ、これらは戦後しばらくまで残り、静謐(せいひつ)な雰囲気を醸し出していた。
 戦後の社会情勢の変化、そして1964年の東京オリンピックに向けた東京の大規模開発にともない、紀尾井町の街は新たな性格を得る。赤坂プリンスホテル、ホテルニューオータニといった日本を代表するホテルが建設され、国際色豊かな街に。これらのホテルでは海外から多くの賓客を迎え、政治の中心地である永田町に隣接しているという立地から重要なイベントの開催地としても機能するようになった。1983年には赤坂プリンスホテル(後にグランドプリンスホテル赤坂と改名)のタワーが完成。東京の新しいシンボルとして、また文化人や芸能人が結婚式を開くきらびやかな場所として存在感を発揮した。
 こうして紀尾井町は華やぎを増す一方で、静かな堀と豊かな緑が織りなす落ち着きも保ち続けていた。長い歴史が培ってきた風格の上に、新たな性格が融合する。これが、まさに「紀尾井町らしさ」と呼ぶべき在り方といえるだろう。

「親密さ」という新たな性格
去年、紀尾井町は新しいランドマークを獲得した。旧グランドプリンスホテル赤坂の跡地が東京ガーデンテラス紀尾井町として再開発されたのだ。弁慶橋を渡ってすぐの広いパブリックスペースは、今までにない開放的で親密な印象に。その一方で、昭和初期に建てられた旧李王家東京邸――赤坂プリンスホテルの発祥地として保存され、ホテルの規模が拡大するとともに赤坂プリンス旧館として親しまれた――はリノベーションされ、赤坂プリンス クラシックハウスとして再出発。紀尾井町の象徴としてあり続けている。
 何層もの蓄積がある歴史を尊重しつつ、人々が訪れやすい、そしてこの地の自然や文化に親しみやすい場所として再生した紀尾井町。今、未来に向けた紀尾井町の新しい一ページが始まろうとしている。

●東京ガーデンテラス紀尾井町 東京都千代田区紀尾井町1-2
TEL03-3288-5500
HPはこちら
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