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岡田武史 おかだ・たけし
FC今治オーナー。サッカー元日本代表監督。1956年大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。高校時代にユース日本代表、大学時代にユニバーシアード日本代表。古河電気工業に入社しサッカー部に所属、85年まで日本代表。1997年に日本代表監督に就任し、史上初のW杯出場を実現。その後Jリーグのクラブチーム監督を経て、2007年から再び日本代表監督に復帰。2010年のW杯南アフリカ大会でベスト16に導いた。2014年11月からFC今治オーナーに就任。
リーダーに求められる
メンタル・タフネス
Photo TONY TANIUCHI Text Junko Chiba
1997年11月16日――サッカー日本代表が史上初のワールドカップ本戦出場を決めた「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれるあの日の感動は、20年近くの時を経てもなお、鮮烈な記憶として日本人の脳裏に焼き付いている。しかしこの間、代表監督を務めた岡田武史氏の時間はドラスティックに変貌してきた。2014年11月には四国地域リーグ「FC今治」のオーナーに転身。サッカー界の変革と地域創生を目指して、クラブ経営に邁進する、その卓越した指導力とマネジメント手腕が、ビジネス界からも大きな支持を得ている。理想の組織、リーダーシップとは……岡田氏が通うフィットネスクラブ、グランサイズ大手町で、この1年を振り返りながら、熱弁をふるっていただいた。
オーナー初年度となった昨年、FC今治は惜しくもJFL(日本フットボールリーグ)への昇格を果たせなかった。しかし岡田氏の表情はいたって晴れやか。「神様の『少しペースを落としてじっくり構えなさい』という計らいかな。実際、上がっていたら、体も心ももたなかったかもしれません」と笑う。そのくらい激務を極めた1年だったのだ。

命がけで走り続けた

「異次元に伸びるチューブの中を懸命に走ってた感じでしたね。夢はバンバン出てくるんだけど、どこまでやれるかわからないまま、考えては走り、走っては考え、本当に必死でした」
 スポンサーの獲得、トップチームの強化、育成選手の指導、スタジアムの建設、中国事業……自ら「やる!」と宣言した多くの課題に同時並行的に取り組む毎日は、想像しただけで目が回りそうだ。「多い月には今治―東京間を6往復した」という。
「経営というのは、大枠では監督の仕事と共通するところが多いんです。組織をどう動かすかが眼目ですから。ただスパンが大きく違う。監督の時は次の大会を目指してやっていくので、長くても1年ぐらいのスパン。試合は90分ですしね。一方、経営は5年・10年先を見据えて、今何をやるべきかを考えなくてはいけない。そうするとプレッシャーの種類が違うんですよね。監督業は肩に重い鉛の塊が載っている感じ。筋力で耐えて耐えて、でも終わればバン!とその重荷は取れる。それに対して経営は真綿でジワジワと首が締まっていく感覚。僕の語る夢に共感して集まってくれた従業員や選手、スポンサーの気持ちに報いられるかな、ちゃんと給料を払えるかな、資金繰りがショートしないかな、といったことがすごく気になるので。それでも今まで120人くらいだった観客が2200人に増えたし、ファンの人からたくさんの感動メールをいただいたし、やってよかったと感じています」

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