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これからの日本にこそ欠かせない街
 江戸時代の丸の内は、幕府側近である譜代大名たちの壮麗な江戸屋敷が並ぶ街であった。そして明治維新を経るとそれら大名屋敷は空き家となり、皇居を警護する兵営と練兵場が置かれるようになる。やがて都心に軍備が必要なくなると、より広い敷地のある郊外に軍の機能は移され、丸の内の練兵場は半ば打ち捨てられたような状態に。一方、政府は新兵舎建設のため、その莫大な資金調達方法に頭を悩ませていた。
 時を同じくして、東京市は丸の内一帯を市街化する計画を決定する。これを受け、政府は丸の内の練兵場を払い下げ、その資金を新兵舎建設に充てようと目論んだ。それゆえ、払い下げ価格は周辺の地価ではなく、新兵舎建設に必要な金額を基に算定され、結果、どんな有力財閥でも手が出ないほどの高額に設定されてしまった。政府は購入してくれる財閥を探して奔走したが、引き受ける者は誰もいない。そんな中、「希望通りの価格で購入する」と手を挙げたのが三菱の岩崎彌之助(やのすけ)であった。
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