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開創は724(神亀元)年。聖武天皇が天照大神(あまてらすおおみかみ)のお告げを受けたことがきっかけだと伝えられる。
「江州の湖中に小島がある。その島は弁才天の聖地であるから、寺院を建立せよ。すれば、国家泰平、五穀豊穣、万民豊楽となるであろう」
 聖武天皇はこのお告げに従い、僧行基(ぎょうき) を勅使として遣わして堂塔を開基させた。行基は早速竹生島に渡って草庵を結んで仏道修行をし、四天王像を造立して、小堂に安置した。それが宝厳寺の始まりだという。前述の「大弁才天」は、この時に行基が開眼(かいげん)したものである。行基はさらに翌年、観音堂を建立し、千手観音像を安置した。以来、天皇の行幸が続き、最澄や空海なども来島し、修行したと伝えられる。平安時代になると、竹生島は観音霊場として名を高め、特に天台系の仏道修行の霊地となったのだ。


(左)反り返った屋根が特徴的な優美な姿。竹生島に降り立った鳳凰をほうふつとするこの宝厳寺本堂は、長らく再建が待たれていた堂宇。1942(昭和17)年に再建された。
(右)宝厳寺・本堂内陣。扁額の「辯財天」の文字に風格がある。秘仏の本尊・弁才天像は中央須弥壇(しゅみだん)の厨子(ずし)に祀られている。次回の開帳は22年後の2037年だ。
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