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おさんどんという言葉はもはや死語と化した。そう言ってもいいだろう。もちろん、
「わたしは毎日三回、ちゃんと料理を作っています」
 そうおっしゃるお母さんもおられるだろうが、きっと少数派だと思う。
 冷凍食品、レトルト食品、コンビニ、多種多様な既製調味料など。昔はなかったものを使えば、調理過程は簡単に短縮できる。それが証拠に、〈時短〉という言葉が、料理用語として、まかり通っている。
 そんな料理の様を見て育った人たちは、店での調理過程にいちいち感動する。
 ざるに載った野菜を見て写メを撮り、ただそれを焼いただけのものが、皿に載って出てくると、また写メを撮る。シャッターを押す度に歓声を上げる。 最も顕著なのが、ご飯だろう。土鍋で炊くご飯。炊く前の状態をプレゼンされて、レンズを向け、炊き上がった土鍋ご飯を見せられて、またシャッターを切る。ワーワー、キャーキャー。ただご飯を炊いただけのことに、なぜそんな大騒ぎをするのかと言えば、日常見慣れない光景だからだろう。
 パックご飯で済ませないにしても、ご飯を炊くのは電気釜。無洗米などという存在もあるから、ご飯は自動的に炊きあがるものと思い込んでいる。そこへ持ってきて、アナログ風にご飯を炊けば、ただそれだけで感動してしまう。つまりはこういう図式によって、今のグルメブームは成り立っているのである。
 だから素人同然の若い女性が、料理家を名乗り、自宅で料理教室を開いても、すぐに受講生が集まり、人気料理研究家として、持て囃される。 家庭で、真っ当な料理を作る機会が激減したことで、料理経験の乏しい世代が生まれ、玉石の区別が付かなくなってしまう。
 京都の割烹の草分けとして知られる店の主人曰いわく、「今の時代ほど、料理人が持て囃されることは、これまで一度もなかった」
 名だたる食通が通い続けてきた店。客から厳しい叱責の言葉を浴びることはしばしばでも、褒められることは稀だったという。
 その理由のひとつとして、僕が先に書いたことを挙げた。早くからそのことに気付いていた主人は、正しい料理教室を開き、もう五百回を超えたという。
 主人が教えるのは料理の基本。それは長年に亘って包丁を握り、客と対峙してきたからこそできることで、大した経験も持たない若い女性が、料理家という肩書だけを旗印にする料理教室とは根本が異なる。
 手が汚れるからといって〈おにぎらず〉だとか、魚の骨が面倒だといって〈骨なし魚〉を使う。器使いも知らなければ、盛り付けの基本すら知らない。こんな人たちが流行に乗って、料理を語り、あまつさえ人に教えるとなれば、間違った料理知識が広まるのは当然のことだろう。
 店に行けば、料理や料理人を褒めちぎり、素人の料理家に料理を学ぶ。和食が文字通り〈遺産〉となり、現存しなくなる時代は、すぐそこに来ている。
かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
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